正確さはいらない。
真理は追求することも必要であろう。
ただ、その場その場に居ついて留まることではない。
居付かない。
正確さばかり求めると「止まる」
ハッピーからずれる。 正確かどうか、正しいかどうか ではない。
正確に時を刻むことを求められる時計を見れば解る。
秒針が動いている。
一秒一秒時を刻んでいく。
正確に。
本来の求めであることをしている。
でも、決して秒針はそこに「居つかない」
そこに留まったりはしない。
留まれば、そこで止まる。
時は刻んではいけない。
本来の求めに応えられなくなる。
正確さを求めながら、
正確さを追求しながらも 決して、その一秒一秒に拘り、留まろうとはしない。
留まるとは、そこに居つくこと。
止まる。
変わり続けるのだ。
変わり続けることで、正確に時を刻めるのだ。 その時その時に正確さと称して、 決して拘らない、留まらないのだ。
流れるのだ。
流れる川のごとく。
川の水も流れが留まれば淀み腐る。
この世の法則は「変わり続ける」こと。宇宙も留まっていない。人間の身体も常に常に変わり続けている。この瞬間も。
代謝。細胞分裂。
変わり続けている。
人間はエネルギーの塊。 エネルギーを止めないことだ。 エネルギーは動いていてこそエネルギー。 大切なのはエネルギーの流れを止めないこと。
大切なのは、
その時その時に
拘り
居つき
留まることではない。
流れる。
変わること。
変わり続けること。
それが自然の摂理。
この世の法則。
その大きな流れに逆らわないのだ。
宇宙の理にかなうのだ。
全てを「そのまま」受け容れよう。
出来事をそのまま出来事として受け容れよう。出来事にいちいち抵抗しない。出来事と戦わない。出来事に良いも悪いもない。出来事を解釈する。これも抵抗であり戦いだ。「出来事」は「出来事」だ。
いちいち、出来事に戦いを挑んで「否定」するのを止める。
「戦うのを止めるのだ」
戦いはエネルギーを詰まらせる。
流れが悪くなる。
出来事を出来事としてそのまま受け容れる。
そのまま受け容れる。
そこに感情は要らない。
「どんなことも受け容れる」その時に、
とてつもない大きなものが、
あなたに入ってくることが可能になるのだ。
「万有が通過する空無になる」からだ。
あなたの中にある「狭い常識」が邪魔をする。
狭い世界の経験や先入観、偏見が全ての邪魔をする。
大事なのは、エネルギーが流れること。
エネルギーを止めないこと。
全てを受け容れるのだ。
受け容れていれば「結果は必ず完璧」になるのだ。